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2010年03月28日

その状況にならないと気づけない人間という面倒な存在

『気づく』ということが学ぶということ


私は28歳のときに働きすぎが原因で2ケ月入院することになりました。

現場に復帰したいという気持ちが強いからか、なかなか病状がよくなりません。

現場を見ると『自分の力で現場をまわしていた』と思っていたのに、自分がいなくてもちゃんとまわっています。

仕事ができるということが普通と思っていたら、ドクターストップで仕事をしたくてもできません。

普通だったことが普通でなくなりました。

病気をすると普段は意識しない『死』というもの『健康』ということも意識することになります。

この体験では、いろいろと『気づき』を得ることができました。


自分ひとりでは何もできない

自分だけで何でもやっているつもりになっていても、絶対に周囲からの支えがあってそれは成し遂げることができているはずです。

周囲から手をかけてもらうことが当たり前の環境で育つと、周囲へ感謝することを忘れてしまいます。

修正するには、周囲への感謝を意図的でもおこなう環境をつくってあげないといけないように感じます。



学生団体などでは、学生が周囲へ感謝できるようなプロジェクトをつくってあげて『気づかせる』という場を設定するということをおこなっています。

自分の力だけで『何かを成し遂げた』という場は大学でも場の設定ができますが、地域と関わって、学校という枠を超えて学生どうしが関わって、ビジネスの世界とも関わって、その人たちに感謝しながら仕事という社会に価値を提供する場で学ばせるのは、私たちのNPOでしかできません。


知識を習得する

というのはインターネットでもできますが、


人と人との関わり合いの中で気づく

というのは実際の場が必要です。


情報化社会であればあるほど、そのような『場』をつくることを意識していきたいと思っています。

人材育成などの研修の世界でも、必要なものしか残らないような時代になっています。

スクール形式の研修は本当に必要なのか?

もっと別のやり方がないのか?気づきを与える方法はないのか?

ということを考えると、いろいろな案が出てきます。





  

Posted by 森戸裕一 at 06:14Comments(0)人材育成